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mayのほのぼのブログ

現役女子大生のリアルな心情。

女子大生が考える「若者のSNS疲れ」の本当の意味

こんにちは。mayです。

 

 

最近話題となっている

 

 

「若者のSNS疲れ」。

 

 

10代を中心とした若者は、

スマホ依存者が多く、暇さえあればSNSをチェック。

むしろ、SNSが生活の中心となっているともいえます。

 

 

スマホがないと生きていけないほど必要としているのに、

一方でスマホに神経をすり減らし、ストレスを感じている。

 

この現象について私なりに考えてみました。

確かなデータなどはなく、個人的見解と体験です。

 

主に3通りある

「若者のSNS疲れ」背景には、主に3つの原因があると私は考えます。

 

1.「リア充」アピールを見ることへの疲れ

まず一つ目は、SNS上での「友達」の充実した生活を見せつけられることです。

 

話題のスポットやイベントに参加し、

楽しんでいる様子、お洒落なお店、美味しそうな食べ物の写真を載せる。

 

そして100人以上のフォロワーから「いいね」をされる。

 

これらはInstagramによくみられることです。

 

自分はバイトや勉強に追われているのに、

 

 

あの子は友達がたくさんいていつも楽しそうだな。

 

 

そう思ってしまうのだと思います。

 

「じゃあ見なきゃいいじゃん」

 

と思った方。

 

そうはいかないんです。

見てしまうんです。見たくなくても見てしまうのです。

 

偶然目に止まった、のではありません。

自ら求めて見ているのです。

ここには確かな自発的行為があります。

 

だって本当に見たくないなら、フォローをはずすから。

なにがあっても目に留まらないようにするはずだから。

 

無意識のうちに気になってしまうのだと思います。

 

自分の生活がまったく充実していないわけじゃない。

それなりに遊んでるし、満足している。

 

なのに、「リア充アピール」の投稿を見ると、

どうしても自分と比べて、自分が劣っていると感じてしまう。

 

Facebookの場合は、

Instagramよりもよりダメージを受けやすい傾向にあります。

 

Facebookリア充アピールは

まずアルバム機能を使って

「2016夏」のようなアルバムを作り

そこに遊んだ時の写真を一気に載せます。

具体的な文章がなくても十分ダメージ効果があります。

 

さらに、遊び以外の意識高めの投稿も加わります。

 

「留学」「インターン」「××会長とお話しさせていただいた」

「ゼミでの研究発表」「ビジネスコンテスト」「ボランティア」・・・

 

 

これらのダメージの威力は半端ないです。

 

Facebookは他のSNSよりもオフィシャルな要素が強いので、

このような自分の活動を振り替えった投稿もたくさんあります。

 

どれもすごいことばかりです。

本人は記録のために残しているのか、自慢なのか分かりません。

 

載せたい気持ちも分かります。

でもきっと見ている側は「リア充アピール」に感じるのでしょうね。

 

2.「リア充アピール」をすることへの疲れ

まったく逆のパターンです。

一見矛盾しているように思えます。

 

周りの人からリア充だと思われている人たちも

実は「リア充な自分」を演じている場合もあります。

 

「いいね」の数を異常に気にして、

「いいね」がたくさんもらえそうな投稿しかしない。

 

「フォロー」している人数に対しての

「フォロワー」の人数を気にする。

 

友達で、「××ちゃんフォローしないの?」と聞くと

「フォロワーよりフォローの人数増えちゃうからやめとく」

と言っていて驚きました。

 

投稿がないと「こいつ暇してる」「予定がないやつ」

と思われるのが嫌で、定期的に充実した投稿をする。

 

たまに、

SNS上でリア充アピールしている人ほど実生活が充実していない」

といわれているのを聞きます。

 

これは、必ずしもそうであるとは思いません。

 

でも、きっとみんなにうらやましいと思われたい一心で

人生楽しんでいると他人に見せつける一方で、

 

自分に言い聞かせているのかもしれませんね。

 

なんだか、そっちのほうが疲れる気がするけど・・・

 

常にタイムラインを追うことへの疲れ

3つ目は、常に投稿やコメントをチェックし、反応することへの疲れです。

 

私も、一日の中でかなり頻繁にSNSをチェックします・・・

 

果たしてその中に有益な情報がいくつあるのかなんて知りません。

そんな風に考えて使ってはいないと思います。

 

でもたまに

友達の過去の投稿をさかのぼってみているとき、

 

 

「なにやってんだろう私。」

 

 

とふと思うことがあります。

 

この「なにやってんだろう私。」こそSNS疲れの象徴!

 

常にタイムラインを追って、

「友達」の日常や何気ないつぶやきまで全部見ようとして、

「友達」とその「友達」、

もはや自分が知らない相手とのリプライを見たりして

 

 

 

なにがしたいのだろう。

 

頭の中にもやっと考えがあるけれど、

残念ながらうまく言葉で表すことができません。

 

 

だいたいSNS上の「友達」ってなんなんだろう

どこまでが本当の友達なのかなんてもうわからなくなりますよね

 

承認欲求

SNSと切り離せないキーワードとして

承認欲求が挙げられます。

 

他人から認められたい、という気持ちですね。

 

マズローの欲求5段階説」の四番目です。

(授業で習った)

 

充実した投稿をすることで「いいね」やコメント、フォロワーを増やし、

みんなに見られている、反応をもらっている、

と自分が承認されている気持ちを満たすのだと思います。

 

普段の生活では、「すごい」「かわいい」「うらやましい」

などの評価って簡単に得られるわけではないですよね。

対面の場合はとくにそうですよね。

 

承認欲求は誰しも持っています。

持っていて当たり前で、ないほうがおかしいです。

 

でも時にはマイナスな方向に向かいます。

 

わたしはわたし

 

私もしばしば「SNS疲れ」に陥ることがあります。

 

でも最近は克服しあまり気にしないようになりました。

 

私はもともと友達も多くないしアウトドア派ではないし

 

自慢できるような投稿はできないもん・・・

と悲観的になったときもありました。

 

でも、わざわざ人に言わなくたって、見せなくたって

自分の中の小さな幸せとか、ちょっとラッキーだったこととか、

自分にしかわからない至福の時とか、

ちょっとした贅沢とか、

大切にしている習慣とか。

 

必ずあるんじゃないかなあ。

 

そうゆうのを、一番身近な人とか、大切な人とか

分かってくれる人にだけ話したり。

 

投稿するにしても、「わたしはこれがいいと思っている」って

自分の中に軸があれば気にしないで生活できると思います。

 

 

他人の評価でしか自分の価値を決められない

 

なんていやじゃないですか?

 

わたしは、わたし。

 

SNSに踊らされてはいけません、神経を使うものではないです。

 

 

 

自分の気分のいいときに投稿して

ついでにあの子の投稿も見ちゃったりして、

いいなーと思いつつ、まぁいっか!わたしはわたしで楽しんでるからって

 

少しでもそう思えたら楽になるのではないかな!

 

自分が都合のいいようにSNSを使ってやろう、

というスタンスはいかがでしょうか。